| 弁ヶ嶽 2012年3月13日(火)(晴れ)二人 |
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| 弁ヶ嶽(沖縄県那覇市首里鳥堀町4)は、大嶽・小嶽からなり、標高165.6mの大嶽の頂上には、 一等三角点(点名は首里)がある。那覇市内の最高峰である。 |
| 石門(拝殿にあたる)の前にある説明板には、「弁ヶ嶽」について次のように記されている。 首里城の東方約1kmにあり、海抜は165.7mで、沖縄本島中南部では、/最も高い峰の一つです。そのため、かつては航海の目標ともなりました。/一般に「ビンヌウタキ」と呼ばれ、峰全体がご神体とされ、1945(昭和20)/年の沖縄戦で、この地において激戦が展開されるまでは、琉球松などの大/木が茂っていました。弁ヶ嶽は参詣道をはさんで、東側の小高い杜になっ/ている方が大嶽、西側の低い方が小嶽となっており、『琉球国由来記』(1713/年)によれば、大嶽の神名は「玉ノミウヂスデルカワノ御イベヅカサ」、/小嶽は「天子」と記されています。王府時代、1・5・9月に国王が親ら訪れ、/祭祀が行われました。また、沖縄戦で破壊消失した石門は、1519年に首/里城歓会門前の園比屋武御嶽石門とともに築かれたといわれ、その構造や/工法も似ていました。この石門は、1938(昭和13)年、国宝に指定され/ました。現在のコンクリートづくりの門は、1954(昭和29)年にハワイ/の「うるま一心会」からの寄付金を得て、首里鳥堀町民の奉仕によってつ/くられたものです。/また、かつては石門の前に、拝殿と呼ばれる建物がありました。 |
| 大嶽・小嶽の鞍部・・・・・・10:30 駐車スペース。 参詣道が大嶽と小嶽の間を通っていて、大嶽・小嶽の鞍部の大嶽側に石門がある。 石門の左に防空壕の跡があり、井戸もある。大嶽には、石門の右側から登る。 まずは反対側の小嶽に向かう。 小嶽・・・・・・・・・・・・10:33~10:35 小嶽には祠があって、琉球国王が祀られている。国王の名は、右から尚思紹王、 英祖王、舜天王、察度王、尚圓王となっていて、琉球王国の王統を興した国王の 名である。 中央の舜天王は、舜天王統(1187~1259年)を興した国王。 その右の英祖王は、英祖王統(1260~1349年)を興した国王。 舜天王の左の察度王は、三山時代の中山・察度王統(1350~1405年)を興した国王。 一番右の尚思紹王は、第一尚氏王統(1406~1469年)を興した国王。 一番左の尚圓王は、第二尚氏王統(1469~1879年)を興した国王。 大嶽・小嶽の鞍部・・・・・・10:37 駐車スペース。 大嶽・小嶽の鞍部に戻って、石門の右の踏み跡をたどって、大嶽に向かう。 大嶽(165.6m) ・・・・・・・10:40~10:45(166m) 弁ヶ岳。一等三角点。点名は首里。 祠の跡。西の方に首里城が見える。工事中のクレーンが目立つ。 大嶽・小嶽の鞍部・・・・・・10:48 駐車スペース。 ちょうどお参りをしていた人から、防空壕、井戸は、旧日本軍のものだと教えて もらった。また首里城の地下にも防空壕があって、旧日本軍の司令部があったと いうことであった。ホテルの新聞で、首里城地下に旧沖縄守備軍の司令部跡があ って、その司令部跡についての説明板の内容を巡る連載記事を読んだばかりだっ たので、合点がいった。 (00:11/00:18) |