金峰山・甲武信ヶ岳

金峰山・甲武信ヶ岳縦走
   第一日 川端下・金峰山荘
   第二日 金峰山荘・金峰山・鉄山・朝日岳・大弛小屋
   第三日 大弛小屋・国師ヶ岳・甲武信ヶ岳・甲武信小屋
   第四日 甲武信小屋・甲武信ヶ岳・木賊山・西沢渓谷
堕一 川端下バス停・金峰山荘
1996年5月1日(水)(曇のち晴れ)二人
 川端下バス停、金峰山荘・廻り目平キャンプ場は、長野県南佐久郡川上村大字川端下にあたる。
 神戸から順調に電車を乗り次いで、塩尻 、小淵沢から信濃川上に、14時47分に到着。梓山経由の川上村村営バスで川端下に、15時27分に着いた。昼食は、駅弁(まぶしと鶏弁)ですました。
 川端下から廻り目平の取っかかりまで30分少々、金峰山荘までさらに20分足らずであったが、廻り目平キャンプ場が金峰山荘に併設されていることをそこで知った。
川端下(1380m) ・・・・・・・・・・・・・・15:27
廻り目平(1500m) ・・・・・・・・・・・・・16:03
金峰山荘・廻り目平キャンプ場(1574m) ・・・16:20
                     (00:53)
 川端下から金峰山荘まで約1時間歩いてたどり着く。屋根岩を見て、明日からの金峰山・甲武信ヶ岳縦走に期待する。幾分緊張も覚える。バスの中で、80才を超えるという老人たちと一緒になり、話をしたが、しっかりしたもの。
 田部重治の世界を垣間見ようと、梓山経由のバスの中から、あるいは川端下から金峰山荘への道のりを見渡すが、やはり時間の経過は、田部重治の恐れていたように、秩父のかつてのおもむきを失ったようだ。

 チェックインをすませて、荷物の整理をし、取り合えず風呂に入る。6時から夕食。10数名の中高年登山者の一団が、賑やかである。明日の昼食用のおにぎりを頼む。
 夜中にしきりに雨音がして、トタン屋根を、激しい音をさせてたたいた。明日の天気が少しでも良くなることを祈るばかりであった。
第二日 金峰山荘・金峰山・鉄山・朝日岳・大弛小屋
1996年5月2日(木)(小雨)二人
 金峰山は、山梨県甲府市黒平町と長野県南佐久郡川上村にまたがる。山梨では「きんぷさん」、長野では「きんぽうざん」と呼ぶ。最高地点(五丈岩)の標高は2599mで、三等三角点(点名は金峯)の標高は2595.2mである。甲州御岳山ともいう。
 日本百名山。新日本百名山。花の百名山。甲信越百名山。山梨百名山。信州百名山。
 鉄山(2531m) 、朝日岳(2579m)もまた、山梨県甲府市黒平町と長野県南佐久郡川上村にまたがる。
 昨夜来の雨も上がったので、天気はよくなると思ったが、小雨がぱらつく。金峰山小屋までは、小雨の中を傘をさして登ったが、その先、金峰山山頂へは風がきつく、残雪もあり、レインウェアと軽アイゼンを着用して登る。展望は望めず。
金峰山荘(1574m) ・・・・・・・・・・08:01
  昨夜来の雨も上がったので、天気がよくなると思ったが、
  小雨がぱらつく。傘をさして歩き始める。
  レインウェアを着用するのが億劫なのと、
  汗をかきそうなので、
  そのまま行ける所まで行くことにする。
  結局、金峰山小屋まで傘をさして登った。
1722m
1745m ・・・・・・・・・・・・・・・08:38
1797m ・・・・・・・・・・・・・・・08:46(訂正→1800m)
林道終点(1790m) ・・・・・・・・・・08:50~09:00
金峰山登山口・中ノ沢出合(1869m) ・・09:15(1855m→1870m)
  尾根へ。
最終水場(1990m) ・・・・・・・・・・09:42
中間地点(2140m) ・・・・・・・・・・10:24
2302m
金峰山小屋(2420m) ・・・・・・・・・11:35~12:40(2415m)
  金峰山小屋で休憩をとり、おにぎりの昼食をとる。
  まだ早い時間なので、居合わせた人たちも当然動くと思っていたのに、
  金峰山小屋に泊まるとのこと。ちょっと驚いた。
  大弛小屋までは、距離があり、風も強いので、
  動かないほうがよいと判断しているようだ。
  われわれが出発する時、小屋の手伝いをしている若者が、
  例の危険だ危険だという意見におされて、
  鉄山で戻るかどうか判断してくれと言う。
  また朝日岳は、風が強いので、注意してくれとのこと。
金峰山(五丈岩)(2599m)・・・・・・13:30
  三等三角点(2595.2m)。
  確かに金峰山頂上までは、風も強く、
  残雪と所々道が不明なところもあり、
  また鉄山を過ぎ朝日岳に至るまでは、
  シラビソと栂の林の中を、道が行きつ戻りつしているようで、
  心理的に少し不安を覚えたが、鉄山の標識を目にし、
  朝日岳に着いてからは、何の不安もなく、
  ただできるだけ速く歩いて、大弛に向かうだけであった。
  ただし残雪の中の踏み跡から、少しでも足を踏み外すと、
  腰まで足がはまってしまう。
鉄山(2531m) ・・・・・・・・・・・・14:03
朝日岳(2579m) ・・・・・・・・・・・14:45~15:00(2580m)
2528m ・・・・・・・・・・・・・・・15:25
朝日峠(2430m) ・・・・・・・・・・・15:45(2445m)
2447m
大弛峠(2360m)
大弛小屋(2370m) ・・・・・・・・・・16:25
                  (08:24/06:54)
 大弛小屋の泊まり客は、8人であった。小屋の主人が、ワインを夕食時にサービスしてくれた。
 甲武信ヶ岳までは、11時間かかるとみたほうがよいとのことで、5時の出発とする。西沢渓谷までいっきに下るという広島からの4人の登山者は、4時半の出発。二人連れは、自信がないとのことで、下山。
 夜、トイレに立った時、夜空を雲が早い速度で流れ、星が瞬くのが見え、満月のような月が煌々と照っていたので、明日は晴れると確信する。
第三日 大弛小屋・国師ヶ岳・甲武信ヶ岳・甲武信小屋
1996年5月3日(金)(晴れ)二人
 北奥千丈岳は、山梨県山梨市牧丘張と三富上釜口にまたがる。標高は2601mである。
 国師ヶ岳は、山梨県山梨市三富上釜口と長野県南佐久郡川上村にまたがる。標高は2591.9mで、一等三角点(点名は國師岳)が設けられている。日本三百名山。花の百名山。一等三角点百名山。山梨百名山。
 東梓は、山梨県山梨市三富川浦と長野県南佐久郡川上村にまたがる。標高は2271.8mで、三等三角点(点名も同名)が設けられている。
 甲武信ヶ岳は、山梨県山梨市三富川浦、埼玉県秩父市大滝、長野県南佐久郡川上村にまたがる。標高は2475mである。東駒ヶ岳。東駒。甲斐三山。日本百名山。甲信越百名山。関東百名山。日本三大急登(赤石山脈・甲斐駒ヶ岳への黒戸尾根)。
 大弛小屋から出発。昨日とはうって変わって、天気もよく、最初は、残雪の中をゆっくりと歩く。途中、富士山、八ヶ岳を見ながら、気持ちのよい縦走。甲武信ヶ岳の展望は最高の一言。
大弛小屋(2370m) ・・・・・・05:05(2365m)
  朝4時に先発の4人連れが起床したのに目が覚め、
  われわれも起きて、準備を始める。
  4時半に出発したのを見て、われわれは5時に小屋を出る。
  朝食の弁当と、昼食の握り飯、そしてお茶をテルモスに満たして。
  小屋の出しなに、下山組みの人から、菅原ですけど、
  甲武信小屋に予約してあったのを、行けないと伝えてくれと
  伝言を頼まれる。
  朝が早く、まだ明けきってはいなかったが、
  天気は予想どおり、晴れそうで、楽しみである。
  あいかわらずの残雪と、シラビソと栂の林の中を歩く。
  夢の庭園を通るかどうか迷った。
  踏み跡がなく、少し進んで見たが、足をとられそうなので、
  避けることにする。
夢の庭園(2450m)分岐 ・・・・05:20
夢の庭園(2450m)出合 ・・・・05:35
前国師・・・・・・・・・・・・06:00~06:10
三繋平・石楠花新道分岐・・・・06:20
  北奥千丈岳に立ち寄る。
北奥千丈岳(2601m) ・・・・・06:26~06:36
  前国師、北奥千丈岳と順調に歩く。天気もよく、眺望もよい。
三繋平・石楠花新道分岐・・・・06:40
朝食・・・・・・・・・・・・・06:47~07:14
  途中で、朝食の弁当を済ませ、国師ヶ岳に至る。
国師ヶ岳(2591.9m) ・・・・・07:18~07:20
天狗尾根・西沢渓谷分岐・・・・07:35(2570m)
2465m ・・・・・・・・・・・07:55
休憩・・・・・・・・・・・・・08:20~08:30
2295m ・・・・・・・・・・・08:38
2220m ・・・・・・・・・・・08:55
2185m ・・・・・・・・・・・09:05
国師ノタル(2236m)
2224m ・・・・・・・・・・・10:10(→2270m)
休憩・・・・・・・・・・・・・10:25~10:45(2265m)
  天狗尾根・西沢渓谷分岐をみてから、
  国師ノタルがわからず、また東梓がわからなくなる。
  というのは、時間で考えると、もう着いているはずなのに、
  標識があらわれないということである。
  そして2224m地点の三角点らしいものを東梓と思い込み、
  順調に歩いていると思い込んで、
  適当なところで休憩をとる。余裕である。
東梓(2271.8m) ・・・・・・・11:11(→2270m)
  東梓の標識が目の前にあらわれ、驚いた。
  計算すると、すごい遅れである。
  そこでスピードをあげて歩いた。
両門ノ頭(2263m) ・・・・・・12:22~13:00
  昼食。
  両門ノ頭に着いて、このスピードで歩けば、
  遅くとも4時半までには、甲武信小屋に着けるとの
  見通しもたち、ほっとして、昼食をとる。
  やっと林から抜け出て見る、両門ノ頭からの眺望は素晴らしく、
  富士山が正面に構える。
富士見(2373m) ・・・・・・・13:35(2320m→2370m)
  また富士見で眺望を楽しむことができるだろうと思ったが、
  木々にかこまれ、ダメであった。
ミズシ(2396m) ・・・・・・・14:25
  ミズシでは若者三人連れと、出会う。
  この先に、キャンプのできるところがあるかと聞かれたが、
  ないと答える、見たところ、このミズシが良いようだ。
  それまでに、登山者と出会ったのは、東梓手前で二人連れ、
  そのあと両門ノ頭までにやはり二人連れと、二組だけであった。
千曲川源流遊歩道出合・・・・・14:45
甲武信ヶ岳(2475m) ・・・・・15:15~15:30(2480m)
  アップダウンのくり返しが続いたが、
  最後の山を登り降りして、甲武信ヶ岳頂上に着く。
  どこから降って湧いたのか、さすがに人が多い。
  最高の展望で、頂上に雪をかぶった富士山、八ヶ岳をはじめ、
  周囲の山並みが、今までの疲れを吹っ飛ばしてくれた。
  甲武信ヶ岳頂上を下って、
  甲武信小屋についたのが4時前であった。
甲武信小屋(2360m) ・・・・・15:50
              (10:45/08:33)
 宿泊の受付は、混雑していて、いらいらさせられた。小屋の主人に、大弛小屋で頼まれた菅原氏のことを告げたが、どうでも良いような態度であったので、疲れもあり、むかっとした。
 さらに追い撃ちをかけるかのように、すしずめの状態を強いられたので、止むを得ないことにせよ気分を害したままの泊まりになった。初めての経験でもあった。 トイレ前のミニスケートリンクで、すってんころりと、2度ほど滑った。キャンプ場のテントもあふれ、木賊山方面への道を塞ぐように、テントが1張りしてあった。
第四日 甲武信小屋・甲武信ヶ岳・木賊山・西沢渓谷
1996年5月4日(土)(晴れ)二人
 木賊山は、埼玉県秩父市大滝と山梨県山梨市三富川浦にまたがる。標高は2468.8mで、三等三角点(点名は破風)が設けられている。
甲武信小屋(2360m) ・・・・・06:06
  朝、空身で、甲武信ヶ岳にもう一度登る。
  やはり素晴らしい。天気も良い。
甲武信ヶ岳(2475m) ・・・・・06:20~06:35
甲武信小屋(2360m) ・・・・・06:59~07:10
  未練を残しつつも、甲武信小屋に戻り、
  ルックを背負って、木賊山へと向かう。
木賊山(2468.8m) ・・・・・・07:38
  途中で、展望を楽しみながら、戸渡尾根へと下り道をとる。
戸渡尾根入口(2440m) ・・・・07:45
(戸渡尾根・近丸新道)
2350m ・・・・・・・・・・・08:00
2220m ・・・・・・・・・・・08:35
2100m ・・・・・・・・・・・08:52
2000m ・・・・・・・・・・・09:16
1900m ・・・・・・・・・・・09:34
徳ちゃん新道分岐(1869m) ・・09:35
1800m ・・・・・・・・・・・09:45
珪石採掘場跡・・・・・・・・・09:53
休憩・・・・・・・・・・・・・10:00~10:20
ヌク沢徒渉点(1350m) ・・・・11:02
(ヌク沢)
  珪石採掘場跡を過ぎ、ヌク沢を徒渉し、
  しばらく行くと、トロッコの軌道の跡をみる。
軌道跡・・・・・・・・・・・・11:12
  先が三つの道に分岐しているところを真ん中の道を進む。
  とにかく渓谷に沿って歩くことになるが、
  その道はトロッコの軌道の跡に沿った道である。
  後にして思えば、左の道をとるべきであったようだ?。
  少々ひやりとする崖に沿った細道を歩く羽目になった。
戸渡尾根登山口(1150m) ・・・11:48
西沢山荘・西沢渓谷入口(1100m)
  戸渡尾根登山口から西沢山荘に行って、昼食をと思ったが、
  西沢山荘は休み。
  電話では開業するとのことであったのに。
田部重治文学碑・・・・・・・・11:54~12:00
  田部重治文学碑をみて、東沢山荘まで歩き、昼食をとる。
東沢山荘・・・・・・・・・・・12:30
              (06:24/05:32)
 時間を潰して、バスで川浦温泉・山県館に行く。思いっきり温泉に浸かり、3日間の汗を流した。

西沢渓谷・・・・・・・・・14:25
(バス)
川浦温泉・山県館・・・・・15:00