竜王山・阿武山

竜王山(摂津)・阿武山
 Ⅰ 忍頂寺バス停・竜王山
 Ⅱ 桑原・阿武山・竜仙峡・竜王山・忍頂寺・千堤寺口
 摂津・竜王山(りゅうおうざん)は、大阪府茨木市大字忍頂寺に位置する。標高は509.7mで、三等三角点(点名は忍頂寺)が置かれている。大阪50山に選ばれている。
 阿武山(あぶやま)大阪府高槻市大字奈佐原と茨木市大字安威にまたがる。標高は280.8mで、三等三角点(点名も阿武山)が置かれている。美人山ともいう。大阪50山に選ばれている。
Ⅰ 忍頂寺バス停・竜王山
2002年11月27日(水)(晴れ)単独(9~14℃)
 鴻応山に行くつもりであったが、バスの乗り継ぎと時間的問題で竜王山に登った。
忍頂寺バス停=12:10
竜王山参道入口=12:12(356m)
  石段下。東海自然歩道を歩く道である。
  コンクリートの道であるが、
  道は、まだ赤くならないまま散った
  黄色い紅葉の葉で覆われていた。
(東海自然歩道)
蛙岩=12:23(468m)(11℃)
  単独の男性が下りてきた。
宝池寺=12:29~12:35(521m)(11℃)
  八大龍王宮。
竜王山=12:39~12:49(555→510m)(9℃)
  509.7m、三等三角点。
  三角点は、展望台の手前で、
  東海自然歩道が左にカーブしていく角に
  あった。誰もいない静かな山頂である。
宝池寺=12:51(465m)(9℃)
  下りかけると、乗用車が上がってきた。
  寺の関係者なのだろうか。
  荒滝、寿命院への分岐を見送る。
  立ち寄ろうかとも思ったが、
  バスの時間が気になった。
竜王山参道入口=13:06(311m)(12℃)
  まだ時間が少しあるので、
  寿命院に向かう。
浄福寺=13:13(320m)(14℃)
  やはりバスの時間が気になって、
  引き返す。
忍頂寺バス停=13:18(314m)(13℃)
    (00:52/01:08)
Ⅱ 桑原・阿武山・竜仙峡・竜王山・忍頂寺・千堤寺口
2004年2月27日(金)(晴れ)二人(8~14℃)
 少し寒いが良い天気で、まぁまぁのハイキングだった。道に間違わないように神経を使った。トラックには閉口した。
 貴人の墓(阿武山古墳)は、藤原鎌足の墓らしいということだったが、2013年に冠帽が再調査され、その可能性が一段と高まった。詳細は、項末尾の『朝日新聞』(2013年12月13日)の記事を参照。
桑原橋バス停(40m)=09:55
  阪急茨木市駅から阪急バスで桑原橋へ。
  バス道を戻った方が分かりやすいかも
  知れない。
武士自然歩道取付=10:01(41m)(13℃)
(武士自然歩道)
鳥居=10:07~10:10(145m)(13℃)
  阿武稲荷神社鳥居。
  上着を脱ぐ。
稲月大神旧跡=10:12(117m)(13℃)
  祠の左へ。ガイドブックには、
  すぐに貴人の墓への分岐に着くように
  書いてあったが、まぁ少し先になる。
阿武山古墳分岐=10:28(209m)(12℃)
  古墳に行くかどうか迷ったが、
  行くことに。
貴人の墓=10:30(210m)(11℃)
  阿武山古墳。
  藤原鎌足の墓だという。
阿武山古墳分岐=10:34
阿武山=10:44(285m)(13℃)
  280.8m、三等三角点。
  三人の男性。
  途中の材木所から先を
  大型トラックが行き来していて、
  埃に閉口した。
阿武山口バス停=11:12(203m)(10℃)
  関西電力北大阪変電所。
  大型トラックは、右方向に。
  われわれは左へ。
(車道)
分岐=11:17(211m)(12℃)
  山道に入る。
(武士自然歩道)
分岐=11:19(221m)
  右へ。
舗装道路=11:23(228m)(11℃)
  舗装道路(東海自然歩道)を横切って
  直進。階段を上る。
348m=11:37(350m)(10℃)
送電線鉄塔=11:40(344m)
東海自然歩道合流=12:03(369m)(9℃)
  竜仙峡に向かう。
  急な階段を下ると、竜仙の滝。
竜仙の滝=12:19~12:35(218m)(9℃)
  昼食。
車道出合=12:46(153m)(11℃)
  大型トラックがひっきりなしに
  通るので怖い。
車作大橋=12:55(12℃)
  橋を渡ったところで
  山へ上る右の道に入る。
(北山・竜王山自然歩道・東海自然歩道)
  その後、竜王山自然歩道の標識に
  従って歩く。
権内遺跡分岐
清水廃寺・経塚=13:15(249m)(13℃)
登山口=13:12(234m)(14℃)
東海自然歩道分岐=13:23(315m)(12℃)
岩屋=13:40~13:41(372m)(9℃)
  胎内くぐり。
滝不動=13:44(383m)(9℃)
竜王山分岐=13:46(378m)(8℃)
穴仏分岐=13:49(350m)(8℃)
負嫁岩=13:50(348m)(9℃)
  この先がどこに行くのか
  よく分からないので、戻る。
穴仏分岐=13:52(349m)(9℃)
  穴仏に立ち寄る。
穴仏=13:54(359m)(10℃)
竜王山分岐=13:58(380m)(9℃)
展望台=14:11~14:16(522m)(8℃)
  雪がはらはらと舞う。
  二人の男性が上にいた。
竜王山=14:17~14:19(522→510)(9℃)
  509.7m、三等三角点。
宝池寺=14:23~14:27(474m)(9℃)
寿命院分岐=14:30(439m)(10℃)
忍頂寺(寿命院)=14:38(337m)(10℃)
忍頂寺バス停=14:45(314m)(10℃)
  320m。
  時間があるので、
  キリシタン自然歩道に向かう。
(キリシタン自然歩道)
愛と光の家=15:03(249m)(11℃)
  標識に従って、ここで左折したので、
  少しだが遠回りした。
  さらに「北摂かくれキリシタン発見
  最初の家」、「キリシタン遺物資料館」
  に立ち寄れなくなった。
  右折していれば一番合理的だった。
297m=15:16~15:17(296m)(11℃)
キリシタン遺物資料館分岐
千提寺口バス停=15:20(288m)(11℃)
  290m。
  阪急バスでJR茨木に行き、帰宅。
    (04:53/05:25)
 以下は『朝日新聞』(2013年12月13日)の記事。
 「鎌足の墓」決め手か
 大阪・阿武山古墳
大阪府高槻、茨木両市の阿武山古墳=(注)=(国史跡)で戦前に発見された棺に副葬されていた冠帽が、当時最高級の技法とされた綴れ織りで金糸を織り込んだ可能性が高いことがわかった。被葬者として大化改新で活躍した藤原氏の祖、藤原鎌足(614~669)が有力視されてきたが、それをさらに補強する発見だ。

副葬の冠帽 最高級の織り方
古い織物に詳しい関西学院大の河上繁樹教授(日本染織史)が、男性の遺体の入った棺が発見された1934年当時の写真やⅩ線写真を分析。金糸の端がいずれも急角度に折れ曲がり、何度も往復していることから、綴れ織りで金糸を織り込んだ冠帽と判断した。河上教授は「中国で『織成』と呼ばれ、正倉院に伝わる奈良時代の織物にも類例がある技法では」という。
 「日本書紀」によると、大化改新のきっかけとなったクーデター「乙巳の変」(645年)の立役者の鎌足は、死の直前に盟友の天智天皇から最上の冠位「大織冠」と大臣の位を贈られた。河上教授は、阿武山古墳の冠帽がこの大織冠の可能性が高いと結論づけた。
 棺は発見後に埋め戻されたが、京都大などで作る研究会が1987年、Ⅹ線写真のフィルムをコンピューターの画像解析で再調査。金糸が花模様や方形の模様になっていたことから、縁に刺繍のある冠帽と推定し、阿武山のある三島地域を地盤の一つとした鎌足の墓の可能性が指摘されていた。
 河上教授は22日、高槻市で開かれるシンポジウム「中臣(藤原)鎌足と阿武山古墳」(朝日新聞社など後援)で報告する。参加申し込みはすでに締め切っている。(編集委員・今井邦彦)

藤原鎌足の肖像画=奈良県立美術館蔵「藤原鎌足画像」(室町時代)から

冠帽の写真
(右)棺のX線写真で遺体の頭部周辺に写っていた金糸(白い線状のもの)。左下や右上の部分で、端が急角度に折れ曲がっている=京都大総合博物館所蔵
(左)高槻市立今城塚古代歴史館が復元した阿武山古墳の冠帽。金糸による刺繍で再現されている=同館提供

(注)阿武山古墳京都大の地震観測施設の建設の際に発見された。棺は麻布を漆で塗り固めた最高級の夾紵棺(きょうちょかん)で、錦をまとった熟年男性の遺骸やガラス玉を編んで作った玉枕、冠帽などが入っていた。