| 【長岡京市】 |
|---|
| 【大峰山参拝禊ぎ場】…京都府長岡京市今里4丁目地内。(2010/06) 阪急電車・西向日駅の西約1㎞、更ノ町交差点の西に阪急バス・あかね停留所がある。その南の池越しに赤根天神社がある。 池の東の道を、赤根天神社に向かって歩いて行くと、左手に「大峰山参拝禊ぎ場」がある。石段の下に、井戸端のような禊ぎ場がある。 そこには石祠があって、役行者の石像が祀られている。丸彫りで、右手に錫杖、左手に経巻を持つ倚像である。気品のある笑みを浮かべている。大峯山上三十八度供養と刻まれている。【写真6】 「大峰山参拝禊ぎ場」の案内板の説明は、次の通りである。 かつて絶え間なく清らかな水が湧き出た当地は、今里地区で大峰山……に参る若衆が、道中安全と修行成就を願って身を清めた所である。昭和四十年頃まで使われ、古来から神聖な地として守られ、女人禁制の地であった。/毎年九月ごろ、成人に達するまでの若衆が先達の引率で大峰山に入り、行場できびしい修行を行った。これは『行者はん』とか『行者講』と言われ、大人に仲間入りする節目の一つで、行かないものは男でないとまで言われた。 また『長岡京市史民俗編・行者講60ページ~』には以下のように記されている。 「赤根神社東側の天神池の前にあります。石段を降りると井戸跡が残っています。……なお、井戸脇の祠堂の中には修験道の開祖となる役行者の石像が安置されています。高さ89センチメートルほどの浮彫りの像で、刻銘によると弘化3(1846)年、大峯山に38回も参詣した俗名惣七衛門の建立と刻まれています」 |
| 【京田辺市】 |
|---|
| ➀【西光寺】…京都府京田辺市薪井手41。(2010/12) 浄土宗。 境内に入ると、右手に墓地があり、その南東の一角に、大峰登山五拾五度供養塔の石碑(明治38年)が2基と役行者の半肉彫りの石像が祀られている。 役行者の石像は、右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像である。風化が進んでいて、表情は読み取りにくい。供養塔の一つの台の部分は、蓮華を模して石が組まれている。西光寺の付近には、薪神社、酬恩庵一休寺があり、また甘南備山(217m)がある。 |
| ②【天神社】…京都府京田辺市松井向山1。(2010/07) JR松井山手駅から天神社に行き、そこからJR大住駅に至る約6㎞の「いにしえやまのてコース」というハイキングコースが設定されている。 天神社参道の途中にある、中性院跡の京田辺市の案内板によれば、天神社の神宮寺として中性院があったという。江戸時代には、龍王山観音寺中性院、龍王山中性院といわれ、真言宗に属していたという。明治になって天神社の神宮寺から分離され、明治四年に廃寺になった。 現在、天神社に不動明王、歓喜天、役行者等の諸像が残されているという。 |
| 【京丹後市】 |
|---|
| ➀【依遅ヶ尾山】…京都府京丹後市丹後町矢畑。(1999/12) 山頂の石室に、役行者の石像が祀られている。右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像である。風化のせいで、表情は読み取りにくい。 中腹の鳥居に「役行者大菩薩」「市箇尾大権現」と彫られているという。遠下(おんげ)にある依遅神社は、この頂上にあったものだといわれている。 |
| ②【金剛童子行者山】。京都府京丹後市弥栄町味土野。(1999/12) 役行者の開基。丹後における修験道の中心地であった。山頂の窪地に行者堂があって、引き戸を持ち上げぎみに開けて中に入ると、立派な木像の役行者と前鬼、後鬼が祀られていた。役行者の腕が破損してるが、倚像である。また右横にも、小振りな役行者の石像が祀られていた。左横にはマリヤ像があった。 説明版には以下のように記されている。 金剛童子 行者山 略縁起 この金剛童子霊場の開基は、役小角行者といい、別名小角仙人とも呼ばれた方で(紀元六三四年正月生まれ?)山岳信仰の開祖と仰/がれた。従って、歴史的に見ても非常に古い霊場である。即ち女人禁制の山であった。 ここの尊像、建立時は(年代不詳)木像だったが、度重なる風雪のため堂宇も、お像も損傷激しく石像を造って、祭っていたそうだ。ところが明治廿二年五月、弥栄町堤(旧吉野村堤)の不動院(真言宗・現庵寺)住職、松田義正氏所持の木像を氏が洞養寺を通じて寄進されたのが、現在のお像である。御名を役行者菩薩と言う。(足立泰章住職代)一説には小角仙人のことを「行者山」と呼び、仙人のお像として祭ったものだとも言われているが定かではない。 もともと金剛童子は、守護神の一つで、怒髪逆立て、金剛杵をふりあげ、右足を大きくあげ、威嚇のポーズが本来のもので、雨乞い・除病・延命の功徳がありと言われる金剛菩薩のことを言う。 当時は、味土野はもちろんのこと等楽寺・外村・廣川などの/近隣部落を初め、峰山・岩滝・宮津方面の人達の熱心な信仰を集め、毎年、祭礼が行われていたと、今も伝えられている。 昭和六十三年秋、堂宇を若干修復し、修復祈祷をし、次年度より、毎年の祭礼を六月八日を中心に復活、多くの御参詣を仰いで今日に至っている。謹白 平成二年六月吉祥 洞養禅寺 |
| ③【宝珠山如意寺】…京都府京丹後市久美浜町1845。(2009/04) 高野山真言宗。十一面観世音菩薩。 日切不動尊厄除祈願寺。関西花の寺二十五ヶ所第七番札所。 如意寺は奈良時代の名僧行基によって開かれた。本尊の十一面観世音菩薩は、行基作と伝えられる秘仏で、眼守護に霊験があるという。 不動堂に日切大聖不動明王の右壇に薬師如来、左壇に毘沙門天が祀られている。さらに毘沙門天の左に、丸彫りの彩色された役行者、前鬼、後鬼の木像(江戸時代)が祀られている。役行者は右手の錫杖、左手に経巻を持つ様子をした倚像である。【写真7】 |





